・大プリニウス (Gaius Plinius Secundus, 23 - 79) による「博物誌」(NATURALIS HISTORIA) 第12巻のうち、ナルド (NARDUM) に関する箇所を全訳いたしました。

・ラテン語テキストは 1906年のマイホフ (Karl Friedrich Theodor Mayhoff) 版に拠りました。教養人プリニウスならではの文章は、通常ならば奪格を使うところに対格(「限定の対格」)を頻用し、古典ギリシア語の格調を感じさせます。

・和訳にあたって、ホランド (Philemon Holland) による 1601年の英訳、及びボストックとライリー (John Bostock, M.D., F.R.S., H.T. Riley, Esq., B.A.) による 1855年の英訳を参照いたしました。ただし必ずしも同じ解釈を採用していません。

・分かり易い訳文にするために、語句を適宜補いました。訳者(広川)が補った語句はブラケット[]で囲んでいます。



GAIUS PLINIUS SECUNDUS

NATURALIS HISTORIA, LIBER XII


【インドで採れるナルドについて】

XLII. De folio nardi plura dici par est ut principali in unguentis.

 ナルドの葉に関してさらに多くが語られるのは相応しいことである。ナルドは香油のうちに主成分として[含まれる]からである。


Frutex est gravi et crassa radice, sed brevi ac nigra fragilique, quamvis pingui, situm redolente, ut cypiros, aspero sapore, folio parvo densoque.

 ナルドの木の根は大きく、分厚く、長さは短く、色は黒く、折れやすいが、油を分泌し、キュプロス(註1)の場合のようにかびのにおいがし、苦味のある味がする。葉は小さく、密生する。


Cacumina in aristas se spargunt; ideo gemina dote nardi spicas ac folia celebrant.

 ナルドの先端はいくつかの穂に分かれる。それゆえ、穂と葉におけるふたつの有用性ゆえに、ナルドは有名なのである。


Alterum eius genus apud Gangen nascens damnatur in totum ozaenitidos nomine, virus redolens.

 ガンジス川のほとりに生える他の種類のナルドは何の役にも立たない(註2)。その名前をオザイニティス (ozaenitis) といい、ひどいにおいがする(註3)。


XLIII. Adulteratur et pseudonardo herba, quae ubique nascitur crassiore atque latiore folio et colore languido in candidum vergente.

 ナルドは「ナルドもどき」(pseudonardum) という草と混同される。ナルドもどきはあらゆるところに生え、その葉は[真正のナルドに比べて]分厚く幅広で、病葉のような、白に近い色をしている。


Item sua radice permixta ponderis causa et cummi spumaque argenti aut stibi ac cypiro cypirive cortice.

 ナルドもどきは、重さを増すために(註4)その根が[真正のナルドと]混ぜ合わされる。樹液を分泌する樹木の根、銀またはアンチモンの化合物、さらにキュプロスあるいはその外皮も[、真正のナルドと混ぜ合わされる]。


Sincerum quidem levitate deprehenditur et colore rufo odorisque suavitate et gustu maxime siccante os, sapore iucundo. Pretium spicae in libras C. Folii divisere annonam amplitudine.

 しかし真正のナルドは、軽さ、赤みを帯びた色、香りの甘さ、口内をひどく乾燥させる味、快い風味によって識別される。穂の価格は1リブラで 100デナリである。葉はその大きさにより、価格はさまざまであった(註5)。


【三種類のナルド】

XLIV. hadrosphaerum vocatur maioribus pilulis XXXX.

 [ある種のナルドは、収穫された大きな葉が]より大きな玉を為すゆえに、ハドロスファエルム(註6)と称される。[ハドロスファエルムの価格は、1リブラで] 40デナリ。


Quod minore folio est, mesosphaerum appellatur; emitur LX.

 葉がもっと小さいものは、メソスファエルム(註7)と呼ばれ、60デナリで売られる。


Laudatissimum microsphaerum e minimis foliis; pretium eius LXXV.

 最良のナルドはミクロスファエルム (註8)と呼ばれ、葉が最も小さい。これの値段は 75デナリである。


Odoris gratia omnibus, maior recentibus.

 [以上三種のナルド]すべてに、良い香りが見出される(註9)。新しい(収穫から時間が経たない)ナルドにおいては、それ(香りの喜び、良い香り)はいっそう強い。


Nardo colos, si inveteravit, nigriori melior.

 ナルドの色は、もしも[収穫後に]長い時間が経った色である場合、黒味が強ければ、より一層良い。


【ローマ帝国領内で採れるナルドについて】

XLV. In nostro orbe proxime laudatur Syriacum, mox Gallicum,

 我々の世界(すなわちローマ帝国)においては、シリア産のナルドが最も評価される。ガリアのものがこれに続く。


Tertio loco Creticum, quod aliqui agrion vocant, alii phun, folio olusatri, caule cubitali, geniculato, in purpuram albicante, radice obliqua villosaque et imitante avium pedes.

 第三にクレタ島のもの。クレタ島のナルドはアグリオン (agrion)、プゥ (phu) などと呼ばれる。クレタ島のナルドは、オルサトルム (olusatrum) の[ような]葉をしている。茎は[1]キュービット(註10)の長さで、節が多く、紫色がかった白い色である。根は横方向に伸びて、毛で覆われており、鳥の足に似ている。


baccaris vocatur nardum rusticum, de quo dicemus inter flores.

 人里離れた野に生えるナルドはバッカリス (baccaris) と呼ばれる。これについては花のなかに[含めて]述べることにしよう。


sunt autem omnia ea herbae praeter Indicum.

 しかしながらこれらすべてのナルドは、インド産のものを除いて草本 (herba) である。


Ex iis Gallicum et cum radice vellitur abluiturque vino. Siccatur in umbra, alligatur fasciculis in charta. Non multum ab Indico differens, Syriaco tamen levius. pretium III.

 これらのうち、ガリアのナルドは根ごと引き抜かれ、葡萄酒で洗われる。陰干しされ、パピルスで[包んで]紐で括り、小さな束にされる。ガリアのナルドはインドのものと大して違わないが、シリアのものよりは軽い。[1リトラあたりの]値段は3デナリである。


【ナルドの品質の見分け方】

XLVI. in his probatio una, ne sint fragilia et arida potius quam sicca folia.

 これらのナルドにおいて、[良いものを見分ける]検査[の方法]はひとつである。[その方法とは]葉が[単に]乾いているというよりも、脆くなるほど乾きすぎていないか[を見ることである]。(註11)


Cum Gallico nardo semper nascitur herba quae hirculus vocatur a gravitate odoris et similitudine, qua maxime adulteratur. Distat quod sine cauliculo est et quod minoribus foliis quodque radicis neque amarae neque odoratae.

 臭くてヤギに似たにおいのゆえにヒルクルス (hirculus 註12) と呼ばれる草が、常にガリアのナルドとともに生え、しばしばナルドに混入される。ヒルクルスは茎が無いこと、ナルドよりも葉が小さいこと、及び、根が苦くもなくにおいも無いという点で、ナルドと異なる。




註1 ここでプリニウスがいうキュプロス (CYPROS) とは、ヘンナ (Lawsonia inermis) のことである。中東において、ヘンナは女性が髪を染めたり体に絵を描いたりするのに使われる。

 この少しあとの部分で、プリニウスはキュプロスについて次のように述べている。

Cypros in Aegypto est arbor, ziziphi foliis, semine coriandri, candido, odorato. Coquitur hoc in oleo, premiturque postea, quod cypros vocatur. Pretium ei in libras V. Optimum e Canopica in ripis Nili nata, secundum Ascalone Iudaeae, tertium in Cypro insula. odoris suavitas quaedam. Hanc esse dicunt arborem quae in Italia ligustrum vocetur.

 キュプロスはエジプト原産であり、その葉はジジフス (ziziphus) に似ている。その種子はコリアンダーに似ていて、白く、香りがある。種子をオリーヴ油で煮て圧搾すると染料キュプロスが得られ、その価格は1リトラあたり5デナリである。最良のものはナイル河畔のカノープス付近、次に良いものはユダヤのアスカロン、香りが良いという点で次に優れたものはキプロス島で採れる。キュプロスはイタリアのリグストルム (ligustrum) と同種であるとも考えられている。


註2 直訳 すべてに関して非とされる

註3 直訳 害悪の香りを放つ

註4 直訳 重さのために

註5 直訳 価格において分かれた

註6 hadro-(重い) + sphaer-(球体) + -um(実体詞の中性単数主格・対格語尾) ラテン語式表記のギリシア語で「重い球状のもの」

註7 meso-(中間) + spaher- + -um 「中ぐらいの球状のもの」

註8 micro-(小さい) + sphaer- + -um 「小さな球状のもの」

註9 直訳 香りの喜び・楽しみがある

註10 50センチメートル前後


註11 ラテン語の形容詞 ARIDUS は、動詞 AREO から派生した語で、たとえば旱魃のゆえに土地が干上がり、植物が枯れて乾燥しきっているような様子を表す。

 SICCUSはサンスクリット語 cush、ギリシア語 auo にあたる。本来の意味は ARIDUS と大きく変わらないが、この語はラテン語において、土地が水浸しになっていない様子、身体が水分過剰でない様子等、良い意味にも使われる。ARIDUSにはこのような肯定的ニュアンスは無い。


註12 hircus (雄ヤギ)の語幹 hirc- に、縮小辞 -culus を付けた語。「小さな雄ヤギ」の意。




redeo

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